【新連載】ITアーキテクトのひとりごと
第4回 「人類が消えた世界」

人類がある日忽然(こつぜん)と消えたら世界はどうなるか、を科学的、エンジニアリング的に語ったノンフィクション小説。近くの丸善書店で見つけたこの本、雑誌の書評でも高く評価されていたので手に取って目次をじっと眺め、ずいぶんと長い時間立ち読みしてしまいました。日常的な風景から何気なく話しが入っていき、科学的な裏付けを淡々と説明しながら、いかに現実が危ういのかを語る、その語り口は秀逸です。翻訳も上手なのかもしれません。今、生きている世界は、人間がいなくなった瞬間、電力が無くなった瞬間から崩壊へと突き進む、人がいないと、いかにシステムは維持不可能なのかが、"活き活き"と伝わってきて、ちょっぴりワクワクします。

SF映画では、何十年、何百年、何千年後でも、システムが自律的に維持されているような話がありますが、そんなシステムを作り上げる事ができるなんて、とても信じられません。そんなシステムはきっと生きています。人間や動物が死んでいくことが必然なのは、そんな恒常的なシステムを維持するためなのではないか、と言うことがこの本からは感じさせられます。

われわれの業界では、自律的なコンピュータシステムの実現が、コンピュータシステムの近未来の目標の一つとなっていますが、あくまでも"xx的"なシステムに過ぎないので、人間がやるべき事がたくさんあります。たくさんの人がインタラクティブにシステムに関わらないとシステムは全く維持できません。人がいないと、人が努力を怠るとコンピュータシステムだって、あっという間に動かなくなるという事例はみなさんの身の回りでもたくさんあるでしょう。

"仮想化"で何とかなる?まあ、少しは。人がいなくてもできることを、人がいないとダメなシステムにしてしまったなんて失敗は、意図的なのか、バカだっただけなのか。セキュリティ系のシステムでは、敢えて人がいないと出来ないようなシステムを作ることでセキュリティのレベルを高める、という意図的な設計が行われたりしますが、システムを維持するためには人とシステムの関わりをしっかりと分析しておく必要があります。

アメリカの人気テレビシリーズの「LOST」の中で、一定時間毎に無意味な決まった番号を端末装置から入力しないと一大事が発生する、というストーリーがありましたが、あれは一体何だったのか。昔々のアップルのコンピュータが端末に使われ、後ろではオープンリールのテープが意味もなくクルクルと回っているレトロな光景でしたが、不思議な、正体の分からないシステムの中に組み込まれた人間のたわいのない繰り返しがシステムを維持していることを暗示する、意味があるのか、無いのか分からないけど妙に緊張感のある場面でした。

LOSTで繰り返される退屈な毎日と、時々発生する妙な出来事。われわれの日常も似たようなものですが、コンピュータシステムの維持も似たようなものです。コンピュータはちゃんと動いているのか。ひょっとすると動いていないこともあるけど何とかなっているのか。そんな悠長なシステムなんてないよ、という声が聞こえますが、"しっかり"と動いていないといけないコンピュータシステムだらけで、そんなシステムに全面的に頼り切っている世の中って、ものすごく怖い。

コンピュータシステムの構築、運用に関わっている人間がこんなことを言っちゃいけないとは思いながら、もし、世の中のコンピュータシステムが全面的に停止したら、なんて考えると空恐ろしい。そんなシステムをどんな順番で再起動すれば安全に再起動されるのかを考えるのも大変です。ちょっとしたサーバ数十台のシステムでも再起動手順を考えるのは大変なのに。

コンピュータに蓄えられているデータも、毎日毎日繰り返されるバックアップで維持されています。10年後にデータを見たい、という要求を実現するだけでも大変なのに、100年後にも見たい、何て言われると、いまのデータ・アーカイブ・システムで大丈夫なのか、自信はあまりありません。きっとテクノロジよりも、人が毎日毎日淡々と行う運用が鍵を握っています。

人がいなくなったら、あっという間に崩壊し始める世界は、コンピュータシステムでも同じです。そうじゃありませんか。

JDSF データ・マネジメント・ソリューション部会
株式会社エクサ 恋塚 正隆
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