JEITAテープストレージ専門委員会コラム

安心・安全な使い捨てテープ?



学生時代、卒業研究のために匿名性の高いデータを集めたことがあった。
 匿名性の高いデータというのは扱いが難しいもので、データ収集に先立って研究倫理委員会の審査を通さなければならない。この際に困ったのがデータの保管と保持・破棄のタイミングである。
 研究に利用するデータはその再現性を担保するため、内容に応じて決められた年数だけ安全に保管する必要がある。研究の性質上データを保管する年数は5年間匿名性の高いデータのため、クラウドサービスを利用することは許されない。学内のオンプレサーバーで管理するのが理想であり、データの保管期間が経過したのち速やかに破棄しなければならない。これらの見通しが立たなければ委員会から研究許可をもらえない。
 当然学内オンプレサーバーは学生や教職員でなければ利用できない。1年後には卒業している計画の私にとってはまったく現実的でない制約であった。
 幸い当時の指導教員がデータの管理を買って出てくださったことで無事に倫理委員会の承諾も得られ、なんとか卒業までたどり着くことができた。その後5年間,指導教員に足を向けて寝られない日々が続いたことは言うまでもない。

 たまたま適切な委任者が居たために救われた私だったが、もしデータ管理を委任できなかった場合、私はどうしていただろう。
 全てのデータをHDDに乗せて自宅の金庫に入れておくのも手ではあるが、一般的なHDDの保証期間は3〜4年と言われている。5年という制約を踏まえる少々心許ない。SSDであれば少し寿命が伸びるが何せ価格が高いので、自身のパソコンですらHDD仕様を購入する学生の財布にとっては厳しいものがある。奨学金やら研究費から出すにしても読む予定のないデータを保管するためにSSDを買うのもばかばかしい。光学ディスクという案もあるだろうが、それなりに分量があるデータなので複数のディスクを管理することになる。ズボラな私のことだ、5年の間にポカをしてどこかで一枚失くしてもおかしくない。
 管理のしやすさや耐用年数を気にしなくても良い点を考慮するとクラウドストレージでの管理が手っ取り早いが、これもデータの性質上NGである。かといって学内サーバーは籍がなければ使えない。卒業後もどうにかして籍を確保するにしても5年というと順調なら学士が後期博士課程を修了できるほどの年数である・・現実的ではない。
 やはりHDDで管理しつつ、5年間データが無事であることを祈っていたのだろうか。
随分と危うい”管理”である。
 今の私ならどうするだろう・・簡単だ。迷わずテープストレージを利用する。
 磁気テープの寿命は長い。JEITAのホームページにも公開されているが、例えばLTO-7メディアの検証によると50年以上の寿命推定が検証されている*。金庫の中で5年程度の保管であればHDDに比べてよほど安心できる耐用年数である。オンプレ管理を行えるという点でも適切だし、一つのカートリッジを気にするだけならズボラな私でもなんとか運用できるだろう。自宅にテープドライブが無ければ読み出しも出来ないが、どうせ滅多に再利用されることの無いデータである。不便はない。万一、金庫が泥棒に盗まれたとしてもデータの保管時に暗号化しておけば復元は困難だろう。おまけにテープカートリッジ1巻だけであれば研究費から十分に捻出可能な金額である。あとは5年経った然るべき日に安全にテープを破棄すれば任務完了である。破棄の仕方にはコツがいるが、磁気破壊用の装置が確保できなかったとしてもテープを引き出し、バラバラに裁断するくらいなら自宅でも出来そうだ。SSDやHDDの物理破壊に比べたらそのハードルは低いだろう。指導教員の手を煩わせることもない。
 この通り頭を抱えていた問題が簡単に解決してしまうのである。

 かつての私が遭遇したケースは非常にニッチなものではあるが、今後社会のデジタル化が進むにつれ、これに似た事例が増えてくるのではないかと想像する。一般家庭でも家族写真やホームビデオ程度ならクラウドサービスを利用するのが良いかもしれないが、例えば医療情報などクラウドに置くには少し抵抗のあるデータも増えてくるだろう。また、曽祖父母の結婚式の動画など頻繁に読み出すものでもないが、クラウドで管理するほどでもない。容量が大きいのに破棄するのも忍びないデータが増えてくるかもしれない。
 もちろん、そういった未来にはならないかもしれない。それでも地球のどこかで大量の保管データの管理に頭を抱えた未来の学生が磁気テープに救われるのかもしれない。そう夢想しながら私は今日もテープストレージの開発に携わっている。

一般社団法人 電子情報技術産業協会(JEITA) テープストレージ専門委員会
http://home.jeita.or.jp/cgi-bin/about/detail.cgi?ca=1&ca2=292
本内容にてご質問などございましたら、JDSF事務局経由でお願いいたします。

 

リンクが張られていない、タイトルだけの記事は、最新号のメルマガ記事です。
次回のメルマガが配信された時点で記事にリンクが張られます。
メルマガ登録すると次回から最新記事を読むことができます。
メルマガ登録は無料、非会員でも登録できます。登録はこちら