●○ 罵倒より佳肴 〜チリ究極のデリカシー〜 ○●
あるwebで「XXX is a Dog」という表現を見た。Dogには英語で無価値なもの、低品質なもの、失敗作という意味がある。犬は、古代ギリシャ語、ラテン語、サンスクリット語でサイコロの最悪の出目を意味し、失敗作はそこから派生してきたようだ。逆に、サイコロで運の良い打ち手は「犬殺し」と言ったらしい。犬にははなはだ迷惑な話だ。
英語にはそのほか、ape、ass、ratなどいくつかの動物に由来する罵倒語がある。ここで思い出すのがSpongeBobという子供向けアニメである。(一応、子供向けになっているが、内容は時として現代アメリカ社会への痛烈な諷刺になっており、大人が見ても面白い。ただ、私は最近そのシニカルで乾いた笑いにやや食傷気味だ)
さて、このSpongeBob、子供向けをうたっているだけに、既成の罵倒語は使わない。そのかわり、barnacle(フジツボ)という言葉を罵倒語として使うのである。たとえば、barnacle headはblockhead(あほ,のろま,でくのぼう,ぼんくらの意)の替わりに使われるし、馬鹿げたことをしている人々を指して”Barnacles!”と叫ぶ、と言った具合。
ところで、barnacle(フジツボ)をwikipediaで調べると「東北地方などでは昔から食用とされており、最近では養殖も行われている。」とある。東北のどこで食べているのだろう?私は宮城県、妻は岩手県出身だが、寡聞にして知らない。
私がbarnacleを食べたのは、南米チリである。チリは海産物が豊富だ。輸出するだけではなく、彼ら自身が食べるのである。ウニはスーパーで売っている。ただし、茹でたものをオイル漬けにした缶詰として、だが。
チリの魚市場の食堂で食べたシーフードスープには、ちょとしたショックを受けた。昆布の一種と思われる半透明の海藻(名前は分からないがケルプのような色をしている)が1.5cm角に切られて暖かいスープに浮かんでいる。厚さは1mmちかく、肉厚である。遙か南極から流れてくる冷たいフンボルト海流に育てられた滋味。オホーツク産の昆布とはまた違った味わいだ。
ヒスパニック・アメリカ9カ国を旅したが、海藻の料理が出てきたのはチリ以外にはない。シーフードをよく食するスペインでも見たことがない。驚きはこれだけではなかった。このスープにはホヤと同種と思われるオレンジ色の身が入っている!匂い、味、ホヤそのもの。私の生まれ育った仙台では、ホヤは夏の風物詩だ(京都人の鱧のようなもの?)。東北人でも好き嫌いが分かれるが、とりわけ東京以西の人がホヤを「イソ臭い」と嫌うのは鮮度の影響もあるのだろうと思う。残念なことだ。取れたてのホヤのほの甘くほろ苦い味。これは産地の近くで育ったものだけが知る特権かも知れない。
われわれ日本人は、世界中でも最も多様な海産物を食する民族だと思っていたが、ウニ、海藻、ホヤを食するチリ人畏るべし、である。(チリのホヤはpiureと呼ばれる) 話がそれた。チリにはbarnacle(フジツボ)の一種でpicoroco(ピコロコ、語源不詳。岩のようなクチバシ?)と呼ばれる生き物がいる。ピコロコは巨大なフジツボである。10cmから12cmくらいはあるだろうか。私はフジツボが甲殻類の仲間であることをこのとき実感した!!ピコロコは時々穴からカニの鋏にそっくりの手を出す。市場では何十個ものピコロコが並んでおり、それが一斉に鋏を出しそれをしばらくカチカチと鳴らすとまた穴に引っ込める。シオマネキのダンスのように、その動きは統制がとれており、一糸の乱れもない。まるで自分たちのいた海の波の動きに呼応しているかのようだ。この光景はあまりにも異様で、一瞬、地球外生命体を見ているような気分になった。
このピコロコを食べてみる。塩水で茹でるだけの単純な料理だ。殻から鋏を引っ張り出すと、カニの身のような白い肉がスルスルスルっと出てくる。口に含む。柔らかい!カニに似ているが、旨みはもっと淡い。まさにdelicacy(ご馳走、美味、佳肴)と呼ぶにふさわしいデリケートな味わいだ。白ワインを飲む。チリのワインには勤勉で細やかなチリ人の心がこもっている。この佳肴には最高の相性である。地球にはなんと様々な生き物が棲んでいることだろう。そして私たち人間はそこからどれだけ恩恵を受けていることだろう。
話を冒頭に戻す。他者を罵倒して己の優位性を誇示する。人間は言葉を作って以降、延々とこれを繰り返してきた。しかし他者を否定して本当に自分の優位性は保てるのだろうか。他者を認め、自分も認められる、人間が世界の多様性を受け入れることで、この星はもっと棲みやすいところになるのではないだろうか。
株式会社マトカテクノロジー
池田 c孝
i Que Rico!